氷河期

氷河期にっき⑧ 連帯保証人とKYと

罵声は入口脇に3つ並んだ接客ブースの真ん中から響く。
ブースの奥側に声の主が座っていたので目が合う。
だれかな?と思って見ていると、木島に背中を押された。あんまり見るな、と促されたようだ。
木島は中学まで柔道、高校からはサッカーバリバリやってた体育会系。彼は場の空気がしっかり読める。
同期だけだとネガティブ発言爆発だけど、上司の前ではしっかり笑顔で媚も売れるナイスガイだ。デブだけど。

『。。そうですね。。私もお兄さんには絶対大丈夫と伺ってました。一緒に約束しましたよね。。。』

相手の罵声からたっぷり時間を置いて、ゆっくりと、落ち着いた低音の声。
でも相手を思いやる暖かさを感じる、不思議な声。包容力というやつか。こちらは大山主任。社畜の直属の上司だ。
席に戻ろうとすると、高和部長がニタニタしながらやってきて、
『いい機会だ。お前ら三人、大山の話聞いとけ』と言って接客ブースの裏側を指さした。
接客ブースの裏には給湯室がある。間仕切りのパーテーションが天井まで届いておらず、姿は隠せて話は聞ける。絶対狙って作られた構造だ。
木島と二人、指示通り給湯室ににじりよる。KOボーイな安藤は既にテレアポ再開していたので、肩だけ叩いて置いてきた。

怒り心頭な来客と、ゆったりと構えた大山主任。対照的。違う映画を同時に放映してるみたい。

『。。。最近。お兄さんにお会いになりましたか?』

大山主任の発言の前にはなぜか ”。。” が付く。話始めるぞ!の動作から、実際に声が出るまでワンテンポあるんだよね。後々、相手を落ち着かせるテクニックだと教わるんだけど。

『いえ、正月に会ったきりです。その時には、お陰で商売順調だよ、と。甥姪にお年玉も例年より多く配ってたし、母さんに給湯器直しなよ、と10万円ポンと渡してて。ああ持ち直したんだなと』

さっき怒鳴ってた男性は、急に冷静になって。
聞かれてもいない事もペラペラ話し出した。聞いてほしい感満載だ。ここで安藤が合流。
何?どうしたの?と普通に聞いてくる。秒で木島が安藤の口をふさぐ。さすが安藤、KOボーイでKY(空気読めない)ボーイ。二冠王。

『。。。。そうですか。いいお兄さんですね。実は年末に追加資金の依頼があったんです。』
『えっ!兄貴がですか?』

さらにじっくり間をおいて、唐突に事実を告げる大山主任。罵声男性(弟さん)はびっくり。

『。。弟さんもご存知の通り、お兄さんの会社はもう貸せる上限まで貸してます。約束通り、これ以上は無理ですよと。まずは連帯保証人である弟さんにご相談ください。お正月、弟さんと会いますよね?とだけお話しました。』
『兄貴は全然そんなこと、、、』
言ってなかった、と力無く弟さん。

話をまとめると、お兄さんが経営する会社は2年前から経営難に陥り、ウチの会社から融資を受けていた。
何度か追加融資を受ける中、貸付の上限額を超えてしまったので、弟さんが連帯保証人になる事でさらに追加の融資を行ったらしい。
その保証人契約の場で難色を示す弟さんに、
『大丈夫。ここだけ乗り切れば大きな入金がある。借金はすぐ返すから絶対迷惑は掛けない』
とお兄さんは断言していた。
その後のお兄さんは『景気が上向いてきた』『安心しろ』など弟さんには言っていたらしい。
特に音沙汰もなく、きっと全額返したんだろう、と安心していたところ、弊社から通知文書が届いた。
お兄さんの返済入金が無かった。連帯保証人として代理弁済くださいと。
びっくりした弟さんは、何が起きたのかと来社されたわけだ。

『兄の会社はどうなってしまったんですか?』

『はい。いま部下に見に行かせています。そろそろ連絡が来るでしょう。』

『こちらの返済額はどうなりますか?』

『月22万円の分割返済ですが、弟さんへの請求額は一旦貸付額全額となります。期限の利益の喪失といいまして、、』

『あぁ、それは契約の時に聞きました。でもそんなの払えません、、、家売ったって無理だ』

『そうですか。では分割で組み直す事も検討しなければなりませんね。まずはお兄さんの、、、』

生々しいやりとりが続く。ほんの10分前まで怒鳴ってた弟さんが、人が変ったように落ち着いて、むしろ助けて欲しい、という口調で大山主任と会話する。

『よし戻れー』

びくっ!とかたを震わす新卒3人。給湯室のドアに肘をかけた高和部長だった。びっくりした。話に集中しすぎて全然気づかなかった。そろそろと部長の席まで戻る3人。

『あれも大事な仕事だから。君たちも早ければ半年後には同じ事できてるはずだよ。まぁ大山は本当に扱いが上手いよな。いいお手本になると思うから、たまに聞いてみてな。』

絶対出来ない。何も分からない新卒の私でも、大山主任がいかに見事に弟さんを誘導しているのかはよく分かった。テクニックとかいうよりも、そう、人間性とかそういった所で相手を落ち着かせていた。
まだピアスの穴も埋まらない22歳には全く出来る気がしなかった。同じ対応したら相手が発狂するかも。

『ま・ず・は!営業だな~ 早ければ明日くらいに新規とっちゃう同期出てくるぞ!がんばれー』

高和部長に促されて席に戻ってテレアポする。
ふとブースに気を向けると、弟さんがすすり泣く声が聞こえてきていた。(つづく)



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しゃちくん
23年間の会社員生活にピリオド! ビジネスマン人生の後半は起業戦士として生きていきます!