氷河期

氷河期にっき⑥密室

朝礼直後、奥の会議室(通常、密室と呼ばれている事を後で知ります)に呼び出された新卒3匹の子豚。相手は一部の隙も無い狼さん(高和部長)。早くも入社を後悔する社畜、体育会系のメンタルで耐える木島、あちなデブ。ここでも空気読めず口が半開きの安藤。

『お前ら、平石と後藤どう思った?』

高和部長が人が変わったかのような柔和な声で語りかけてきます。狼が羊の皮をかぶり直したかのよう。2分前までゴミ箱蹴飛ばしてましたけど。
自分が座るより前に、新卒3豚に椅子を勧めてきます。笑うと目が無くなるブッダスマイル。さっきは怒りの面でした。なるほどこの人は阿修羅メン一族なのか。となるとあとは冷血の面があるのかよちくしょう。
失礼します、と事務員さんがコーヒー持ってきます。28歳色気爆発愛人キャラの白井さんです。胸のボタンが常に1個外れているお姉さま。このお姉さまも後々大活躍してくださいますムフフ。

社畜『平石さんってすごい人なんですね。後藤さんの1/4の営業量で5倍の成果出すなんて』

木島も安藤も沈黙羊なので、社畜の私が口火を切りました。今ならわかりますが、これ私の悪い癖ですね。もう少し黙っておくのが社畜道的に正しい。社畜に意思はいらないし発言権はない。

高和部長『お前よく聞いてるね!そうかそうか』

大声で笑いながらメガネを外し、メガネ拭きを取り出す高和部長。心底嬉しそう。

高和部長『そうだねぇ。営業マンとして平石は正しいかもね。でも平石、1年前に真っ先に逃げ出したのも平石なんだよ。』

えっ、と声を出したのは体育会系の木島。平石先輩直下の後輩になる予定の子豚さん。体系は完熟豚。高和部長は続けます。

『”入社から1年間は要領なんて覚えるな。毎日200本テレアポ撃て。” オレ、去年あの三人にこれしか指示してないんだよ。それを愚直に守ってる後藤と、すぐ音を上げて要領を覚えちゃった平石の差がさっきの朝礼だね。今日だけ見てると平石がセンス抜群で成果も出してるじゃん、って事になるんだけどさ』

何が言いたいのか、その表情から探りながら子豚たちは真剣に聞き続けます。

『センスで売ってるヤツってさ。部下や後輩にそれを教えられないんだよ。何で売れないのか、売れない後輩にどうアドバイスしていいのか、わかんないわけ。だから平石は、あの調子だとずっと平社員だね。管理職任せられない』

ああ、そういう事なんだ。いま部長が話しているのは、1営業マンとしてじゃなく、この会社の総合職として新卒入社した我々が、どのように長期キャリアを構築していくか、管理職になるにはどうしたらいいのか、そういう話をしているんだ。

『後藤はずっと苦しんでる。この1年で予算達成したのは1ヵ月だけかな。本当、負けっぱなし。だから誰よりもテレアポ撃ってる。君たち三人がこれから売れなくて苦しんでいる時、一番共感してくれるのは後藤だよ。オレは後藤を買ってる。』

『あんなに怒ってたのにですか?』

さすがだぜ安藤、お前の空気読まなさはブラックホールだ真空だ。高和部長はつまんなそうな顔して続けます。

高和部長『そうだね。毎日怒るし、これからも怒る。努力してるのはわかるけど、あいつ成果が出てない。オレが一番買ってるのは後藤だけど、本当は君たち後輩が入ってくる前に成果出して欲しかった。その期待にあいつ応えられなかったんだよね。だから数字が出てないダメ先輩として、君たちに紹介する。矛盾してるだろ?オレが指示した事を守って成果が出なかったんだから、そりゃオレの指示が悪いんだもん。なのに詰めたおすってさ。』

三匹の子豚は次の言葉を待ちます。高和部長、こっちの心が見えてるかのように疑問を先に解決していく。。

高和部長『でも、これが会社で働く、って事なんだよ』

イスに座り直して続けます。

『上司は君たちの3年後、5年後を考えて、同期の中で一番に出世するレールを敷く。その中には短期的に成果が出ない指示もある。半年や1年では同期に負けて見えるかもしれない。負けたのが悔しくて努力よりも要領を求めてしまうかもしれない。でもね、大事なのは、”上司に言われた方法で” ”しっかり成果に繋げる” って事なんだよ。どう?とんでもない理不尽だろう?』

部長はクックックッと笑いながら言います。

『君たちを呼んだのは、今日ヒーローだった平石は出世しないって事。今のままだとね。後藤は、あとは成果さえ出せば出世ルートに乗るって事。あとは、毎日の努力が辛いからと言って要領に逃げない事。』

部長は新卒3人の目を順番に見ながら、

『この3つを伝えて起きたかったんだよね。これからたくさん理不尽な指示すると思うけどさ。それって君たちを早く出世させたいからなんだよ。その中には”こんなのやってたら同期に負けるじゃん!悔しい!”って事いっぱい起きると思うよ。でも、今年、来年TOP営業マンになる事がゴールじゃない。一年目にしか出来ない経験を、苦労を、悔しさを、誰よりも噛みしめて欲しい。もちろん、指示守った上でTOPになってくれりゃ最高だけどね。』

オレもそうだったからさ、と最後に笑って密室の20分は終わった。

密室から出ると、平石先輩は既に営業に出てて居なかった。

後藤先輩は、耳と目を真っ赤にして、涙ぐみながらテレアポしていた。(つづく)


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しゃちくん
23年間の会社員生活にピリオド! ビジネスマン人生の後半は起業戦士として生きていきます!