氷河期

氷河期にっき⑦ 同期ランチと知らないおじさんの罵声

『やべぇよあいつ』

開口一番、悪態が響く。
言っているのは木島で、言われているのはこの場にいない高和部長。
そしてここはAM11:50の焼肉屋。昨日の歓迎会もこの店だった。17時以降は焼肉屋だが、昼間はサラリーマン向けにランチを提供している。日替わり定食はワンコインだ。新卒で初任給も遠い3人は、迷うことなく一番安い日替わり定食を注文する。注文を受けた店員が回れ右をする間もなく、木島の口からは愚痴が湧いて出た。

『もう、目がおかしいもん。言ってることもおかしいけど、まず目がいっちゃってる。あれ半眼だよ。半眼で涅槃見てんだよ。』

何言ってるかわからない。
しかし木島はオデブだが体育会系で、ノリがよく、何言っても笑いが取れる。
半眼とか涅槃と言っているのは、卒業旅行で行ったインドの影響らしい。

高和部長の有難い訓話を受けた後、それぞれの島(営業班)に戻った新卒三人は、主任からごくごく簡単な説明を10分ほど受けると、早速テレアポ開始となった。
9:30~11:30までノンストップで掛け続ける。
つい先月まで学生の身分だったのに、研修も何もない。
『社長に繋がったら変わって』とだけ伝えられ、ひたすらテレアポだ。当然、何を話していいかわからないので、隣の席で一心不乱にテレアポ撃ち続ける後藤先輩のトークを聞き、すぐ真似をした。
簡単だ。100本中98本くらいはガチャ切りされる内容だ。覚えるワードは3行程度だ。

11:30になったところで、主任に『お前たち、飯行って来いよ。12時過ぎると混むからな』と促され、
三人揃って会社を出た。後藤先輩はトイレ休憩も無く、ひたすらアポを撃ち続けていた。

『そうかな。オレ正直感動したよ。高和部長はあの世代のTOP争ってたんだろう?やっぱり上に行く人は違うと思ったよ。』

クソ真面目な意見をクソ真面目に返すのはKOボーイ安藤。
社畜のぼくは安藤を見て、KOボーイ=モテる というイメージが崩れ去った。
木島はそんな安藤に心底ゲンナリした顔して、テーブルのお冷をちびっと舐めた。

木島『安藤、お前病んでるもんな。病んでる会社に病んでるお前。病んでる同士、きっとお前は出世するよ。』

どう聞いても皮肉なのだが、満更でもない安藤。こいつもすごい。
社畜な僕はといえば、早速気がかりな事があった。

社畜『あのさ。今日何時に帰る?んで明日朝、何時に来る?』

不思議な質問に不思議な顔の豚と真空男。なにそれ、好きな時間にすりゃいいじゃんと言わんばかり。

社畜『昨日、歓迎会終わったの22時だったじゃん?あの後みんな帰ったじゃん?二人はオレと反対方向だから見てないかもしれないけど、先輩たち、あの後会社に戻ってったんだよ。仕事してたっぽい』

『はぁ!?まじで?結構飲んでたよねあの人たちも。』

『あぁ。んで、今日、オレ朝8時過ぎに会社来たんだけどさ。もうみんな居たんだよね。奥の会議室で先輩たち会議してたし。何時に帰って何時に来てるんだろうって』

木島は天を仰いで盛大にため息をついた。
丁度、三人分のランチが運ばれてくる。
テーブルはかなり小さく、三人分のランチを置くと肘をつく場もない。

『ねーよ。ねーわ。ねーっす。ねーの三段活用だよ。オレ無理。7時間は寝ろって爺ちゃんの遺言だもん。』

ほどなく木島の爺さんはまだ60代で、ピンピンしている事を知る。
安藤は早速ランチに手を付けている。
先に白飯を全て食べ、次におかずだけ食べ、みそ汁を飲み干すという独特な食文化をお持ちだ。

社畜『でさ。オレ早めに来たつもりが、”遅かったな”って言われたんだよ。明日何時に着たらいいんだろうって』 

『知らないよ聞きたくないよ。お前、後藤先輩に聞いてくれよ。平石先輩営業行っちゃったしさ~あの人デキるフリすごいから話しかけ辛いよ』
木島はリア充豚なのになんだか食べ方に品がある。口は悪いんだけどね。

『そういえば魚谷先輩ってどうなの?何か話した?安藤、お前なんで白飯ばっか食ってんの?』
木島のマシンガントークは止まらない。飯食う速度はみんなと変わらないのに、話すときは口の中に物が入ってない。不思議なヤツ。安藤は何も話してない、と返した。こっちはモゴモゴ言いながらだ。絶対に童貞なKOボーイ。

『オレ、魚谷先輩、いいと思うんだよね~。あの人は遊び人だよ。昨日の歓迎会の時、少し話したんだ。せっかく地方に配属になったんだから、地元のキャバ(キャバクラ)行きたい!って言ったら、まかせろ、週末空けとけってさ~』

歓迎会の時に新卒三人は方々に散っていた。木島、そんな事話してたのか。さすがリア充。

魚谷先輩は1浪していて、後藤、平石先輩より年齢は1つ上だ。
営業できる平石先輩、努力の後藤先輩と両極端な二人と同期だが、少し雰囲気が違う。
というか少し痩せれば相当なジャニーズ系。少し髪が薄いのをヘアスタイルで誤魔化しているが、なんだか優しそうな空気を出している。そういえば朝礼の時も褒められるでもなく、詰められるでもなく。不思議なポジションを築き上げている人だ。この先輩は安藤の島に居て、一応、安藤を指導する事になる。

『あの人はダメだよ。あの人から得るものなんてなにもない』

既に白飯とおかずを平らげ、少し冷めたみそ汁を啜っている安藤が急に冷徹な言葉を吐いた。

『おっ!いーねイイねEEネ安藤ちゃん!そーそー感情出していこうよ~!』
とっても嬉しそうな木島。
同時にみそ汁を啜り終わると、安藤は立ち上がった。

『オレ先に戻るよ。テレアポする。』

時計を見ると12:10だ。まだ昼休憩始まったばかりだ。というか、社畜も木島もランチが半分も進んでいない。正直、あまり食欲もない。返事も待たずに安藤は会社に戻っていった。

『マジかよあいつ~ さっそく洗脳されてんじゃん。この会社向いてるよ安藤。あーむりどうしよう。社畜ちゃん何かいい話ない?』

木島はまた盛大にため息をついて話を振ってくる。

というか、社畜の質問には全く答えない二人。今日何時に帰って明日何時に来ればいいんだろう。
とりあえず飯を掻き込んで、早めに会社に戻る事にした。
木島は食後の一服をしたがっていたが、社畜はノースモーカーだ。そう告げると、木島も一人で会社の喫煙所に行く勇気はないらしく、黙ってついてきた。

戻ると会社の入口脇にある応接が使われているようだった。

『だから、兄貴は絶対に大丈夫だと言ったんだ!オレに言われても困るんだよ!!!』

結構な勢いの罵声が響いてくる。40歳くらいのスーツ姿の男性が顔真っ赤にしてイキリたっていた。この会社の人じゃない。社畜の後ろからはまた木島の盛大なため息が聞こえていた。(つづく)


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しゃちくん
23年間の会社員生活にピリオド! ビジネスマン人生の後半は起業戦士として生きていきます!